コラム

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『身体に嬉しいものを探しに行く』

私たち人間は年齢を重ねるにつれ、身近に存在する唯一無二の宝物に、いつしか気づき難くなる性を持ち合わせているように思う。

2019年の夏の暮れ、蝉が最後の力を振り絞って延々と鳴き続けていた頃に訪れた愛知県奥三河地域には、いまだ手つかずの原風景が数多く残っていた。潤いに満ちた大地。柔らかく射し込む木漏れ日に包まれながら、自分の内側を見つめているうちに、飽和状態だった心身を見事に解放。細胞の隅々までを清らかにし、大自然は私に深い呼吸を取り戻してくれた。あたかも、ありのままの自分に生まれ変わったような、原点を省みる鮮烈な記憶となった。

森を歩くと木々から拡散される「フィトンチッド」と呼ばれるα-ピネンなどの無数の香り成分のミストが降りかかる。これらは樹木から蒸散する水蒸気と共に空気中に揮発し、免疫調整(NK細胞活性化促進、マクロファージ活性化促進)や抗うつ、疲労回復、リラックス効果をもたらしてくれる。更に、奥三河地域に広がるスギの香りの機能性成分、セドロールは睡眠導入や睡眠クオリティーの改善効果が期待でき、拡散性があり力強く安定感のあるヒノキの香りは嗜好性が高く、学習能力や集中力を高めることで注目が集まる。

はづ別館

音楽界のレジェンド、忌野清志郎さんが愛したノスタルジックな湯宿、はづ別館に足を踏み入れると、目の前に飛び込んで来るのは圧巻の鳳来峡だ。野鳥の鳴き声を纏い、脈々と流れていく壮大な清流音には誰もが圧倒されることだろう。1300年前の歴史を守り受け継ぐ、鉄分豊富な褐色、源泉掛け流しの湯谷温泉に浸かると、日常の喧騒からは完全に隔たり、命丸ごと洗い流してくれる。あまりの心地良さに長湯をし、すっかり紅潮してしまった頬にそよ風が優しく触れる。見上げるとひれふしたくなるような青空があった。

ブルーベーリージャム

肥沃な土壌が育む食材にもすこぶる感動した。個人的なお気に入りはブルーベーリージャムだ。味の入れ方が非常に繊細、ミネラルを感じやすく、パッケージデザインに高いセンスを感じる高貴な1品に仕上がっている。お好みのチーズなどと合わせてワインのアテにしたり、煮豚やステーキなどの肉料理や粒マスタードとも相性も良いだろう。ブルーベリーといえば目というイメージがあるが、そのメカニズムは目の網膜ではロドプシンという物質が分解と再生を繰り返して物が見え、アントシアニン色素がロドプシンの再合成を促進するからだ。ブルーベリーは今や目にとどまらず「脳」「血圧」「腸内細菌」「がん」「心臓病」「糖尿病」「肥満」(体型維持)「免疫」「美肌」に関わる有益な研究結果が次々と発表されるスーパーフードである。

鹿肉

また、野生動物である鹿肉のあまりの質の高さに、愛媛に戻ってからも取り寄せをした。実はアスリート界で鹿肉は、主にアミノ酸の一種であるカルニチンの補給源として、脳機能向上やストレス軽減、競技前の栄養補給や競技後の疲労回復に重宝。我が家では2016年シーズンからコンディション管理に鹿肉を本格導入している。高たんぱく低脂肪、運動能力向上作用で注目の3つのイミダゾールジペプチド(アンセリン、カルノシン、バレニン)が存在。近年、アンチエイジング医学界では「糖化」(たんぱく質と糖質が結びついて劣化すること)によるAGE(終末糖化産物。特に揚げ物など高熱が加わると大量に出来る)対策が話題であるが、鹿肉には優れた抗酸化&抗糖化作用が期待されている。持久力に関わるヘム鉄も豊富な為、アスリートミートとも呼ばれ、健康増進にも大いに役立つことが分かっている。

「身土不二」とは「身と土、二つにあらず」、つまり人間の体と人間が暮らす土地は一体で、切っても切れない関係にあるという意味の言葉。その土地で採れた食べ物は人間にとって必要なものを兼ね備えるとしている。地元の「旬」を丁寧にいただきながら、不足しがちな栄養価の高いものをできる限り新鮮にいただくことは、地域を支える人々、そして、先人への敬意でもある。

作る人、運ぶ人、販売する人。携わる全ての人のルーツを辿っていくと、自然と感謝の気持ちが溢れるものだ。春夏秋冬、台所に凛と立ち、自らの手で確かめながら、五感を刺激する食材の生命を有り難くいただく。美味しく食べることは生きている証でもあり、たくさんの人の想いが詰まった料理は、きっと、人々の不安な心を慰め、鼓舞してくれることだろう。

私たち人間は生まれてから命尽きるその瞬間まで、月の満ち欠けのように人生を過ごす。身体は小さな海に例えられ、闇に包まれる新月、新しい情熱と挑戦の上弦の月、芳醇な時、そして、旅の折り返しの満月、経験を積んだ賢者のような下弦の月に思いを馳せて、最後は感謝に浸るのだろう。

虹の架け橋のように今と未来に時を繋ぎながら、自分にとっての根源を見つけることができたならこの上なき幸せ。ここ奥三河にはいつ来ても変わらない場所がある。

山瀬 理恵子(やませ りえこ)

山瀬 理恵子(やませ りえこ)
北海道出身。
小学校教諭を経て、2003年、山瀬功治(サッカー選手・元日本代表)と結婚。夫の山瀬選手の前十字靱帯断裂を機に栄養学を学ぶ。栄養講座や講演会、大学講義、調理実習の講師など、幅広く活躍。
食育インストラクター、野菜ソムリエ、スポーツアロマトレーナー、薬膳スパイスアドバイザー、ハーバルセラピスト、フードコーディネーター、アスリートマイスター3級などの資格を持つ。愛媛県在住。
著書に「みんなのスポーツライフを応援 アス飯レシピ ~アスリートの体をつくる、おうちごはん~」がある。

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